秋の味覚とともに味わう酒 「ひやおろし」
冷蔵貯蔵やビン貯蔵の商品がある現在とはちがい、昔は大きな桶で酒を常温貯蔵していました。冬に造った新酒は春に65℃まで加熱し、酵母と酵素の活動を止めるとともに、腐造の原因となる酒蔵の天敵「火落ち菌」を殺しました。フランスの化学者パスツールが19世紀後半に考案した低温殺菌の技術は、日本酒業界では16世紀からすでに常識だったのです。英語でpasteurisation(パスチャライゼーション)と呼ばれるこの作業を、酒造用語では「火入れ」といいます。火入れした酒は熱いうちに桶に入れて密閉し、熟成させました。
気温が高い真夏の間は悪質な菌が湧きやすいため、桶は開けずにおき、少し気温が下がってくると桶の封を切って酒質を確認しました。桶に付いている酒の出し口を「呑み」といい、それを開けることから「呑み切り」と呼ばれるこのイベントは、酒蔵における重要な年中行事でした。
秋口を迎え、貯蔵中の酒の品温と気温が同じくらいになると、熟成した酒の出荷が始まります。その際、酒を再度加熱してから出荷用の樽やビンに詰めるのが一般的で、普通に飲まれていた酒は2度の火入れを経た商品。現在のような冷蔵技術はなかったため、火入れをまったくしない「生」の酒を口にできたのは、蔵で働く人間だけでした。
しかし、桶の中の酒と気温がほぼ同じになる初秋には、2度目の火入れを行わずに酒を出荷することが稀にありました。加熱せずに桶から出すことから、この酒は「ひやおろし」と呼ばれました。詰める段階での火入れを行わない、今で言う「生詰」タイプの酒です。ひと夏の熟成を経たまろやかさと一度だけの火入れのフレッシュ感は、生酒を口にする機会のなかった昔の日本酒通にとって、年に一度の楽しみでした。
時は流れ、日本酒業界も大きくさまがわりをしました。木桶は昭和30年代にほとんど姿を消し、現在の一般的な貯蔵容器はステンレスやホウロウ製のタンクです。冷蔵技術の発達で、蔵人以外も本生の日本酒を飲むことができるようになりました。
一方で、変わらないこともあります。「呑み切り」は今も蔵の大切な品質管理行事として、国税局鑑定官室の先生方の協力のもとに毎年行われています。木下酒造の今年の呑み切りは8月25日です。そしてもうひとつ変わらないのは、生商品が流通する今の時代にも、「ひやおろし」を楽しみにしている日本酒ファンがたくさんいるということです。
玉川のひやおろしは「自然仕込」の山廃純米酒です。現在では珍しい酵母無添加の製法も貯蔵方法も、明治時代の日本酒通が絶賛していたひやおろしと同じです。発売日は日本中央酒造組合指定の「ひやおろしの日」、9月9日。お近くの地酒専門店でお買い求めください。
尚、言葉の響きから「ひやおろし」を「冷やして飲む」酒だと勘違いしている方がいますが、実際の意味は先ほど書きましたように「熱くせず桶からおろす」ということです。玉川のひやおろしの豊かな旨味を味わっていただくために、冷やさず、常温か燗でお召し上がりください。
木下酒造 杜氏
フィリップ・ハーパー
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